日本映画鑑賞雑感 〜映画が好きな君は素敵だ〜 　女優・高峰秀子の世界【戦前編】 ☆『南風の丘』【1937年(昭和12年)松井稔監督】 　 大里村の信用組合の理事の里見光一（高田稔）は、娘の光子（高峰秀子）の二人暮らしです。融資を巡り軋轢もあるが、村民からも信頼が厚い、特に教会で日曜教室の教師をしている足立奈津子（江戸川蘭子）と相思相愛の仲です。しかし、里見には金庫破りという暗い過去がある。信用金庫が購入した金庫に子供（中村メイコ）が閉じ込められ、子供の命か、過去の罪の暴露を覚悟するかの選択を迫られるが、金庫のカギを開け助けます。過去の罪がばれた里見は、光子とともに村をさるが、そのあとを美津子が追う姿が丘での上にありました。 　 原作・脚色は古賀文二、音楽は服部正です。人生の悲哀を感じる物語で、特に娘光子役の高峰秀子さんの好演が光ります。また、中村メイコさんも赤ん坊役で出演している貴重な作品です。 ☆『虹立つ丘』【1938年(昭和13年)大谷俊夫監督】 　 箱根のホテルでポーターをしている弥太八（岸井明）と売店を手伝うユリ（高峰秀子）は、人も羨む仲の良い兄妹です。ホテルに宿泊していた早川夫人（村井幸子）は、ユリが小さい頃から可愛がっている人形を見て、震災で生き別れになった子供だと確信し、引取ります。弥太八とユリは、お互いに寂を堪えながら、これから別々の生活を踏み出していきます。 　 原作は北條秀司さんと岸井良緒さんです。芦ノ湖、箱根登山鉄道、強羅ホテルなど戦前の昭和10年代の箱根の風景が描かれています。この映画は、幸福が考えることではなく、感じるのもだということを表しています。 ☆『娘の願ひは唯一つ』【1939年(昭和14年)齋藤寅次郎監督】 　 田村ひで子（高峰秀子）は、両親と弟の４人で暮らす小学校６年です。ひで子は、級長を勤める程の優秀な成績でしたが、父親半二郎（渡辺篤）は小使をし母親（清川虹子）は内職をするという貧しい家庭であったために、学校を出たら女工になり家計を助ける覚悟をしていた。しかし、長屋の同士の意地の張合いから女学校の入学試験を受けることになりました。喜ぶひで子でしたが、多額の学費を心配して両親は内心試験に落ちるようにと願うようになります。しかし、ひで子は一番で合格して両親も何とかして女学校にやる決意をします。 　 小学校の卒業を控えた娘やその家族の進学の苦悩を喜劇的にペーソス豊かに描いた作品です。貧しいがゆえに女学校への進学を諦めるひで子役を高峰秀子さんが好演しています。最後に自転車で学校へ通うひで子の笑顔が印象的でした。 ☆『花つみ日記』【1939年（昭和14年）石田民三監督】 　宗右衛門町の置屋の娘の女学生の篠原栄子（高峰秀子）の学校に、東京から佐田みつる（清水美佐子）が転校してきて仲良くなります。二人が尊敬する梶山先生（葦原邦子）をめぐっての些細な出来事から不仲になります。仲直りする機会がないままにまもなく栄子は、学校を辞めて舞妓として働くことになります。病気の栄子の元にみつるの兄の出征の話を聞き、街頭で千人針をお願いします。兄を見送ったみつるは、梶山先生とともに栄子の見舞いに訪れ、二人は仲直りをします。 　 大阪の宗右衛門町を舞台にした女学生の友情をを描いた吉屋信子原作の映画化です。戦前の大阪の街並みと栄子役の高峰秀子さんの愛らしさが印象的です。 ☆『釣鐘草』【1940年(昭和15年)石田民三監督】 　 弓子(高峰秀子)と雄吉(小高たかし)姉弟の生家は、裕福な家庭であったが父の酒が原因で全てを失い、二人は母親(沢村貞子)と離れて伯父(御橋公)のもとで生活しています。成績優秀な弓子は先生(北沢彪)の推挙もあり女学校に進学しようと考えますが、ヤンチャな弟を見て師範学校に進み決意をします。寄宿生活をすることになった弓子を寂しがる弟の雄吉は母の写真と姉の好きな釣鐘草で紛らわせていいました。だが、ある日弓子の許に一通の電報が届きます。それは弟・雄吉が危篤を報せる内容でした。 　 吉屋信子原作の映画化で、姉弟の愛情を丁寧に描いた佳作です。監督は『花ちりぬ』（1938年）や『むかしの歌』（1939年）などの情緒的な映画の秀作で有名な石田民三監督です。貧しさや不遇にも負けずに健気に生きていく弓子役を高峰秀子が好演しています。 ★『そよ風父と共に』【1940年（昭和15年）山本薩夫監督】  　銭湯「月の湯」を経営する周造（藤原釜足）は、娘の秀子（高峰秀子）と使用人の4人暮らしです。ある日、秀子の実父（丸山定夫）が、秀子を返して貰いたいと突然現れます。周造は、妹と秀子を捨てた実父を許すことができませんが、そのことは秀子の耳に入ります。悩む秀子ですが、好きな周造をこれからも父親と思い生活していくことを決意し、二人の間には再びもとそよ風が吹きます。 　  成瀬巳喜男が原作脚色を担当した作品です。藤原釜足さんと高峰秀子さんのコンビが爽やかに描く父と娘の絆を描いた映画です。また、帝都電鉄（現：京王電鉄）の井の頭線の下北沢付近がロケ地で、昭和10年代の東京郊外の風景も楽しめます。 ☆『秀子の応援団長』【1940年(昭和15年)千葉泰樹監督】 　 秋晴れの後楽園球場では巨人軍と対戦した高嶋二郎監督（千田是也）率いるアトラス軍は、猛打を浴びて大惨敗を喫しました。高嶋監督の姪の秀子（高峰秀子）は、従妹の百合子（音羽久米子）とともに「青春のグランド」の応援歌を作りアトラス軍を声援します。大会社の娘である秀子が、野球に熱中することに母親（澤村貞子）と父親（小杉義男）はよく思いません。特に母親は稽古事をさせるために甘やかす祖母（清川玉枝）に抗議します。しかし、秀子の父親の商談相手が大の野球ファンだったことから野球に理解を示すようになります。秀子たちの応援にも支えられてアトラスは優勝することができます。 　 昭和15年の暗い世相へと向っていく時代に高峰秀子さんの若さ溢れる演技で明るい青春映画になっています。また、巨人軍のスタルヒンや水原などの往年の名選手も見逃すことができません。 ☆『秀子の車掌さん』【1941年(昭和16年)成瀬巳喜男監督】 　 井伏鱒二の「おこま」さんの映画化です。甲府の近郊を走るオンボロのバス一台で運行している甲北バスは、新興のバス会社に客を奪われて閑古鳥が鳴いていました。車掌のおこま（高峰秀子）は、名所のガイドして客を取戻そうと考えます。そこで、温泉に逗留していた作家（夏川大二郎）にその台本の執筆を依頼します。しかし、会社の社長（勝見庸太郎）は儲からないバスを売ることを決めており、それを知らないおこまは健気に名所ガイドします。最後の運命の知らずにのどやかな田園風景を背景に軽やかに走るバスのおこまと運転手の園田（藤原鶏太）が印象的でした。  　戦後、『浮雲』『放浪記』などの名作を世に送り出す高峰秀子さんの成瀬巳喜男監督のコンビとなるの第一回目の出演作品です。長閑な田園風景と高峰秀子さんの初々しさが印象的な映画です。 ☆『女學生記』【1941年(昭和16年)村田武雄監督】 　 長い教師経験を生かした細川武子さんの原作の映画です。女学校での授業、修学旅行、担任の先生との交流と別れ、友情や各人の家庭を通して、若い女学生の生き生きした姿が描きだした物語です。戦争間近い時代を背景とした当時の女学生の生活や考え方を知ることができる貴重な作品でもあります。 　 若き日の高峰秀子さんが眼鏡を掛けたお茶目な学生・鎌田佐智子役を、加藤治子さんが御舟京子の名前で家庭では母親代わりとして苦労する学生・江口政子役を演じています。 ☆『希望の青空』【1942年(昭和17年)山本嘉次郎監督】 　 老人の太田鶴右ェ門（山本禮三郎）に見込まれた女学生の成島秀子（高峰秀子）は、老人の孫の務（池部良）と見合いをします。結婚はまだ現実味がない二人は、務の兄弟の結婚生活の家を訪問して、結婚について考えます。しかし、結婚の現実に失望した二人は結婚を先延ばしにしようと考えますが、実は二人ともお互いに愛情が芽生えており、それを察した姉の千鶴子（原節子）は自分の結婚式の当日に二人を結び付けます。  　原節子さんを始めとして、霧立のぼるさんや入江たか子さんが脇を固めた結婚を題材とした人間ドラマを山本嘉次郎監督が描いた佳作です。冒頭で帝都電鉄（現：京王電鉄井の頭線）の車内と高井戸駅が登場します。 ☆『愛の世界　山猫とみの話』【1943年(昭和18年)青柳信雄監督】 　 高峰秀子さん演ずる幼い頃に両親と死別した不良少女役のとみが、少女専用施設の山田先生(里見藍子）の愛情や健気に生きていく農家の幼い兄弟（小高つとむ・加藤博司）との出会いを通して更生していく姿を描いた物語です。戦時中に作製されたため国策的なところはありますが、不良少女が人や自然とのふれ合いを更生していく姿は、時代に関係なく心暖まるものを感じずにはいられませんでした。幼い兄弟が帰ってきた父親（進藤英太郎）と懐に飛び込む姿を観たとみは途方もない孤独感に襲われて山中を一人歩いていく姿が印象に残ります。また、無表情のとみの顔が次第に明るくなっていく様子を高峰秀子さんが好演しています。 ☆『四つの結婚』【1944年(昭和19年)青柳信雄監督】 　 戦闘機の航空機技師の三島（河野秋武）は、戦地に赴く友人（藤田進）の代わりに、大隈（江川宇礼雄）の仲人を頼まれます。 しかし、慌てものの三島は、婚約者の名前も聞かずに婚約者の家を訪れてますが、そこには、美しい姉妹が4人（入江たか子、山田五十鈴、山根寿子、高峰秀子）がいて、面喰います。末娘（高峰秀子）が婚約者と勘違いしていた三島は、三女だと誤解が解けると、末娘に好意を持っている自分に気づきます。大隈の結婚披露宴の当日に母から召集令状の電報が届きます。 　 太宰治『佳日』を原作とした映画化です。戦争も末期に近い時代であり、映画の内容にも戦意向上などが反映されてますが、いつの時代も永久的なテーマである結婚話に、その暗さの影が薄くなっています。末娘役の高峰秀子さんの茶目っけの演技がいっそう映画を明るくしています。 ☆『北の三人』【1945年(昭和20年)佐伯清監督】 　 戦時下で働く三人の女性通信士の活躍と人間模様を描きます。悪天候で飛行を支える三人（原節子・高峰秀子・山根寿子）の活躍は印象的です。原節子さん、映画『東京の女性』と同じく時代を先取り過ぎた働く女性を演じ、特に厳しい目の演技は印象的でした。